カラフルな「安土桃山」の絵文字を描いて学びを深める!?
―子どものイメージと言葉をつなぎ自然な対話を生み出す「色と形」実践の研究

ユニークな色と模様で彩られた手書きの「安土桃山」の文字。これは中学校の社会科の授業で、生徒が自分なりの理解をもとに「安土桃山時代」をイメージし、絵文字の形で表現したものです。抽象的な概念を「色と形」で表してみるというこの実践方法が、文章を書く?発表することが苦手な子の考えを引き出したり、教室での自然な対話を促したりするといいます。小中学校の教員としてこの方法を「発明」し、その効果の大きさに自分自身で驚いたという教育学野の打越正貴教授。同じ教育学野の教員で教育方法学を専門とする宮本浩紀講師に声をかけ、複数の学校の協力を得ながら「色と形」というこの不思議な実践の研究に取り組んでいます。
打越教授は教員としてのキャリアを小学校からスタート。いろんな人物が登場する歴史の授業を、小学6年生たちはとても楽しんでいたそうです。ところが中学校に異動すると一転、漢字やカタカナの固有名詞が羅列された分厚い教科書や板書中心の一斉授業に、生徒たちは辟易とした様子でした。どうしたものかと思い悩んでいたところ、生徒たちが教室で絵文字を交換する姿を見て、イメージを色と形であらわすという方法を思いついたそうです。
単元は「明治時代」。小さく切った画用紙を全員に配り、「明治」(漢字でもカタカナでもローマ字でも可)という字をそれぞれの明治時代のイメージをもとに色鉛筆で描いてもらいました。すると、実にバラエティ豊かな「明治」の姿があらわれてきます。なかには明治チョコレートの絵を描いた生徒も。「子どもたちの学習経験だけでなく生活経験も同時に表れ、その間の『ずれ』が見えてきたのです」と、打越教授は語ります。
しかもこの実践は描いて終わりではありません。なぜその色を使ったの?そこの部分だけ色が濃いのはなぜ?この形は何を表しているの?―それぞれの絵文字を見合いながら、質問がどんどん湧いてきて、対話的な学びが自然と始まっていきます。
「学習活動の最終目標は文章化することですが、その手前でイメージをうまく言葉にできない子どもたちがいます。『色と形』は絵の上手い?下手は問わないので、誰でも手を動かすことができ、それをもとに対話ができる。普段集中しづらい子も夢中で取り組む。それから塾などで既に概念知識を学んでいる子も、イメージを媒介にした対話なら授業に楽しく臨めるんです」(打越教授)
打越教授
また、単元のはじめと終わり、それぞれで描かせると、その絵文字の変化から子どもたちの学習過程を見て取ることができます。さらに全員で見せ合うことで、自分にはなかった視点を他の友達がもっていることに気付くなど、集団の中で認識を補ったり深めたりできると言います。
打越教授はその後、社会科だけでなく道徳や特別活動などでも導入。たとえば道徳ではハートの形に色を塗り、それをもとに「心」のイメージを互いに言語化しあいました。グラデーションのような割り切れないイメージを表す上でも、文章よりもハードルが低いのです。
「指導主事が授業を見に来たときに驚かれましたよ。なんせ美術ではなく社会科で画用紙と色鉛筆が出てくるんだから」と笑って振り返る打越教授。あるようでなかったこの実践がどうしてこんなにも子どもたちの対話的な学びを引き出すのか。それを研究すべく、30代のときに現職派遣で竞彩篮球nba_188比分直播-中国竞彩网官网推荐大学院に入りました。しかし先行研究はないため、修士論文では自身の授業の分析で精いっぱいだったという打越教授。50代になって今度は大学教員に転身し、今度こそ本格的な研究に挑むことにしました。そのパートナーとして声をかけたのが、若手教員の宮本講師だったのです。
宮本講師は、「おもしろそうだと思いましたが、それで本当に学びになっているのかという半信半疑から始まりました」と最初の印象を振り返ります。ところが守谷市の小学校での実践を目にした途端、「いつも立ち歩いてしまう子や集中が続かない子が、めちゃめちゃおもしろいと言って、色鉛筆をもって夢中になっていて。そのあとも明るい、あたたかい雰囲気がクラスに生まれてきたんです」と、目から鱗だったと語ります。「色と形を描くと、描いている間から友達のものを見たくなって、そこからすっと対話的な学びが生まれてくる。いい授業だなと思いました」。
打越教授と宮本講師は、協力校を見つけては、いろんな教科で実践を試しました。算数、理科、国語......それから「音楽もおもしろかったよね。感情と音は親和性があるから」(打越教授)。
概念をイメージ化する方法としては、たとえば「明治時代」という言葉を中央において、そこから木が枝を広げるように、関連する言葉を書き進めていくイメージマップやマインドマップがありました。概念を図にすると、学習や理解において何が欠けているが見えてきます。しかし、「色と形」の表現は、イメージマップよりも遥かに鮮やかで個性的でおもしろい。「なぜこれを描いたのか、という謎解きができるんですよ。疑問が次々と出てくるというのが、マインドマップや口頭のプレゼンとは違う効果だと思います」と宮本講師は指摘します。
宮本講師
どの教室でもすぐに導入できそうながら、自然と対話的な学びが生まれる「色と形」実践。ところが「学級担任や授業担当者によって、子どもが描くものが違ってくるんですよね」と宮本講師。「日ごろから子どもの言葉を聞いてあげる、子どもの発言を他の子につないであげるといった、あたたかい雰囲気の先生だと、子どもたちがストレートに描きやすくなるようです。『何を描いてもいいんだよ』といったことを、場合によっては強調して伝えるなどの工夫をすることもポイントかもしれませんね」。
また打越教授は、「教師が子どもの経験を理解できるというのはもちろんですが、『色と形』を通して子ども同士で子ども理解ができるという点も重要です。そうすると学級が安定してきます」と語ります。「自己満足ではなく、他者の考えを知りたいという思いから、対話が生まれ、進んでいくのです」。
打越教授と宮本講師による研究が始まって約5年。この間、『イメージからことばをひきだす「色と形」の授業づくりアイデア』という実践集と、『ことばをひきだす授業論 「色と形」で子どものアタマとココロが見えてくる』という書籍も出し、実践が広がりつつあります。特別支援学級や、さらには高齢者を対象とした実践も試してみたそうです。「『色と形』が授業の役に立った、子どもが変わった、と言われるのが至上の喜びですよね。もっと効果的なやり方を見つけて、いろんな形で発信したいですし、理論的にはまだ弱いところがあるのでそこは宮本先生ともしっかり詰めていきたいです」と打越教授。
研究面での今後の課題について宮本講師に聞いてみると、「年齢や発達段階による違いはもっと細かく分析してみたいです。また、先生の関わり方と作品の関係から、先生の、目に見えない雰囲気を探っていけるといいですよね。単なる学習論や学習ツールだけでなく、学級づくりにもつなげていきたいです」とのこと。理論的な面でも、心理学者?ヴィゴツキーの意味論や哲学者?メルロポンティの議論を参照した身体性との関係に着目しながら、それらの議論を具体的な実践に落とし込めるものとして、「色と形」の実践を捉え、まだまだ追究していきたいということです。